あなたの気持ちがわかる

「朝早くからお仕事ご苦労様です!行ってらっしゃいませ!」


区議会議員の選挙が近い。通勤に使う最寄り駅の入り口には毎日違う立候補者が立っていて、明るい声でスーツたちを見送ってくれる。「このエレベーターは私が議会に諮って設置したものでございます!」確か昨日の人も同じことを言っていたよ。


「この子供は孫ではありません!68歳のときに出来た私の子です!」


突然選挙用の拡声器から流すには余りに場違いなフレーズが耳に飛び込んできて、思わず足を止める。なに言ってんの、こいつ?
そう思って振り返ると、風変わりな乳母車に小さな子供を積み込んでのぼりと拡声器を握り締めたおじいさんが駅前で熱弁をふるっていた。のぼりには「70歳からの立候補。講談師○○。お年寄とこどもが安心して暮らせる○○区を!」と書かれている。ということは、この子供は2歳、か。


「この小さい子供を見てください!この子は私の孫ではありません!私が68歳のときに生まれた、かわいい我が子です!そして私は70歳!まさに高齢者と幼子両方の気持ちがわかる、最も適任の議員と言えるでしょう!」


子供と自分の年齢を連呼するだけの候補者というのも珍しい。
そんな物珍しさも手伝ってか、結構な数の人が足を止めてその講談師とやらの演説に耳を傾けたり、乳母車を覗きこんだりしている。多分この人は子連れ狼が好きだったんだろうなあ、というデザイン。大勢に囲まれ見世物にされて、2歳の子供は随分不安そうな表情をしている。


68歳でガキ仕込むってのは凄いけど、でもまあ、余り区政とは関係ないな。
そう思いながら自動販売機でタバコを買って、駅への階段を上り始める。好色選挙法、とか、つまんないダジャレを考えながら。乳母車の中からキョロキョロ外を見つめている子供と目が合ったような気がしたので、最後に少しそちらへ顔を向けて、手を振ってみた。


「あ、手を振ってくださって!ご声援ありがとうございます!講談師○○、残りの人生を投げ打つ覚悟で頑張って参ります!小さな子供と高齢者の気持ちがわかる!講談師○○を何卒よろしくお願いいたします!」


そのとき拡声器から耳がキーンとなるようなノイズが出て、不安が頂点に達したのか、火が付いたように子供が泣き始めた。「小さな子供と高齢者の気持ちがわかる!講談師....」


乳母車が邪魔で、高齢者用のエレベーターはずっと使えないまま。